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11/16/2015

臼杵土づくりセンター

過去を生きたものたち、今を生きるものたち、未来を生きるものたち。
繋がりを廻る命の道筋を紡ぐ人々の群像劇。
農を初めとする「100年単位の仕事」に携わる人々の物語。

100年ごはん


今、一番観たい映画のひとつだ。この映画の作成過程が綴られた本を読み、舞台である大分県臼杵市に興味を持った。


臼杵農業の概要

臼杵市では、学校給食に地元野菜を使おうという取組みが平成12年から行われている。子供に食べさせるものだからと、徐々に農薬の使用も減らし有機栽培を行う農家も増えてきた。平成17年、市長の意向で有機農業への取組みが一層加速した。
それまで有機農業をやっていなかった人も有機農業に挑戦するようになった。しかし、なかなかうまくいかない。原因は土。化学肥料の過剰投入で土のバランスが崩れていた。また、厩肥(動物性)ではなく、完熟した堆肥(植物性)の投入が土づくりには欠かせない。そこで、平成22年に市内に堆肥を供給する臼杵土づくりセンターが建設された。


土づくりセンター見学

臼杵土づくりセンターは500円で見学ができる。参加者は私1人だったのにも関わらず、市の農林振興課の方(以下ガイドさん)が2時間も工場を案内してくれた。かなり詳しく質問もできて、これで500円とは、申し訳ないくらいだ。

臼杵市には昔から有機農業(自然農に近い?)をしている方がいた。技術面ではその方のアドバイスを受け、有機農業を広めている。土づくりセンターでは、豚糞2:草木8(乾物重)の割合で堆肥を作っている。この割合もその農家の方が昔からやっていたものを参考にしている。
左:豚糞 右:草木(この後圧力を掛けて粉砕する)

醗酵は自然と80度前後で安定する。


センターの運営 経費と売上 

一般的な堆肥センターは、処分料を取って廃棄物を引き取る。しかし、このセンターでは資源として1t当たり300円で買い取っている。廃棄にお金がかかっていた豚糞が資源になり、放置されていた山も、間伐材や落ち葉を集め資源とすることで整備されるようになった。未利用資源は有り余っているようで、いたるところから集まってきたと言う。工場のキャパもあるので、現在は特定の地元企業しか受け入れていない。そのお陰で、原発事故後、放射能汚染の問題も無かった。

うすき夢堆肥
収入は製造した堆肥の販売費だ。「うすき夢堆肥」というブランド名で販売している。農家向けには1050円、一般家庭には袋詰めにして10300円で販売している。一般的な堆肥と比べても相当安いが、質は良いと思う。熟成期間も6ヶ月以上と長い。最終的には人が臭いを嗅ぎ品質をチェックする。ワインほど強くは無いが、長熟の赤ワインで「きのこ臭・腐葉土臭」と表現するような香りだった。

臼杵土づくりセンターは県の事業で建設された。建築費は63千万円。現在は市の所有となっている。年間2300トンの堆肥を生産、経費は3000万円、堆肥販売による収入は1000万円。2000万円の赤字である。だが、「道路を直すのに何億円もかけるよりも、農地の保全に2000万円使った方が良い。それに、工場は赤字だが、農家所得が上がり、海や森がきれいに整備され、問題だった廃棄物の処理ができる。複合的に考えればプラスになっている。」と言うのが、ガイドさんの考えだ。単純に金銭で評価すると赤字だが、町に貢献しているものであり、健全な税金の使い方だと思う。しかし、これに反対する市民が多ければ、市長も、市の方針も変わり、建造物だけが残ってしまう。市長の思いがつながっていくことを願いたい。

センター以外での取り組み ぶれてはいけない想い

「農家は作るプロだが、売るのは下手だ」よく耳にする台詞だ。臼杵市では、化学肥料を使わず、うすき夢堆肥を利用し健全な土壌で栽培された農産物の認証「ほんまもん農産物」を作っている。地域全体でのブランド化だ。ほんまもん農産物ネットワークと言う集まりがある。ここでは、生産者の紹介や販売情報の公開は勿論、消費者がどんな野菜を求めているか、どこで野菜販売をできるかといった双方向の情報交換ができる。このネットワークはWeb上にも公開されている。
ほんまもんの認証を受けている農家は30件程度とまだ少ないが、知名度は高く、臼杵市のほとんどのスーパーや直売所に「ほんまもん農産物コーナー」があった。

販売以外にも、食育活動、担い手育成、加工品開発などにも取り組んでいる。JAとも競合するのではなく、協力し合っているという。とは言っても、JAは「一部の農業者の見方をするわけにはいかない。農業者全体のためになる仕事をしなくてはいけないから、有機農業を推進することは難しい。」と言そうだ。もっともな言い分だ。むしろ、行政側がその壁を乗り越え、有機農業をスタンダードにしようとしていることに感動した。
NPOやベンチャー企業ではなく、JAと行政と言う大きな組織だからこそ進められる新しい農業のモデルだと思う。

農家所得を上げるために県外への販売も一部行っている。しかし、外部への販売を主力にはしない。臼杵市の有機農業関連事業は地元の土壌と市民の健康を守るための取組みである。外部へ売り出す前に、市民に食べてもらいたいという考えがある。
その為、土は市内で使用する人にしか販売しない。野菜は市外の大手スーパーなどから「もっと安定して出荷してくれるなら特設コーナーを設けたい」と誘いがあっても外への出荷にブレーキをかけている。
「儲けるための農業を作るのが目的ではない。あくまでも目的は臼杵市の農地保全と健全な食生活にある。その土台を複合的に作ること。その結果、自然と強い農業ができ、それが儲けにつながるかも知れないが、目の前の利益を求めて目的を忘れてはいけない。」と、ガイドさん。
臼杵市に来る前、古野農場でも、「地域全体を考えなくてはいけない。」「何のためにやるのか。その目的がぶれてはいけない。」と言われた。この2つがここ最近、脳内会議の重要なキーワードだったが、まさにその考えに基づいた事業を観る事ができた。


印象

臼杵市では、ランチにほんまもん農産物を食べられる飲食店を探すつもりでいた。しかし、見当たらない。ガイドさんもそこがこれからの課題だという。ほんまもん農産物認証を受けている農家は少なく、安定した供給が難しい。その為、飲食店でもなかなか使用できないそうだ。

認証制度自体の知名度は高い。市外でも、映画の影響もあるがこの取組みは有名になっている。このセンターに観光がてら見学に来る人もいるらしい。今後、ほんまもん農産物生産量が増え、安定供給されるようになれば、それを求めて来る観光客も増えるだろうし、さらに加工など可能性は広がっていく。まさに、地域を守るための農業を基盤として、地域が盛り上がっていく、そんな未来が想像できる。